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自分を大切にできないあなたは、何をやっても変われない!

あなたは、”あなた”という存在を、大事にしていますか?

 

また、”あなた”を大事に扱っていますか?

 

何を言っているのか?

 

・・・って思っているかもしれませんが、真面目に、とても大事なことを言っています。

 

冗談は顔だけにして・・・ってよく言われますが、冗談で言っているのではなく、リアルに真面目な話をしています(笑)

 

 

あなた自身が、「本当に良い方向に変わりたい」と心の底から願うのであれば、これは、欠かすことのできない大事な概念なんです。

 

あなたが、自分自身の人生を生きることができなくて、他人の価値観に生きていることで、様々な悩みや苦しみを抱えているのであれば、色んな方法論を学んだり、取り入れるよりも先に、”あなた”という存在を大事にすることが欠かせないのです。

 

 

どういうことなのか、抽象的すぎて分からない。

 

そういった声が聞こえてきそうですね。

 

安心して下さい。これから、詳しく話していきます。

 あなた自身への信頼が欠如している

・自分自身を大事にする

・自分自身を大事に扱う

 

それってどういうことなんでしょうか?

 

 

そんなことなんて考えたことはないし、意識したことがないからどういうことなのか分からない。

 

そのような捉え方になってしまっているのではないでしょうか?

 

「大事にする」「大事に扱う」っていうのは、あなた自身を分離しない、ということでもあります。

 

分離していると、自分自身からエネルギーが漏れ出てしまう。

 

だから、あらゆる場面において、常にエネルギーがだだ漏れ状態になって生きているということです。

 

じゃあ、分離の「対」となる言葉、対義語は何でしょう?

 

それは、一体感です。

 

多くのひとは、”わたし”という存在との一体感を持って、生きることができていないがために、あらゆることを分離しながら生きています。

 

だから、常にエネルギーが漏れ出ているし、何よりも自分自身を信頼できないのです。

 

自分自身への信頼。

 

それが欠如している、ということです。

 

自分自身への信頼が欠如しているから、他者に対しても、モノに対しても、出来事に対しても、そういった、生きていく中で起こりうる全ての出来事に、信頼ができません。

 

だから、「何でこんなことをしなきゃいけないのか?」とか「何でこんなひとが目の前に現れるんだ」とか、そのように、あらゆるモノゴトを受け入れることができなくて、排他的になってしまうのです。

排他的になってしまう、ということはどういうこと?

それは、どんどん自分自身の殻に閉じこもって、自分と外側の境界である壁を、自ら強固にしていく、という作業を積み重ねている、ということなんです。

 

<参考キーワード>

排他的

はい たてき [0] 【排他的】

自分や仲間以外の者を排斥する傾向のあるさま。 「 -な言動」 「 -な集団」

 

そんな生き方って、どう思いますか?

 

苦しいですよね?

 

どんどん自ら、自分自身を苦しめてしまうことになるわけです。

 

生きていると、絶えず色んな刺激が入ってきます。

意識的に避けていても、それは避けることができません。

 

受け入れるのか、受け入れないのか、ただ、それだけなんです。

 

 

受け入れないモードで、生きていると、どんどん外部からの刺激に対して敏感になっていきます。

 

敏感になるから、より受け入れを拒絶するようになる。

 

そうやって、負の循環に陥ってしまうのです。

 

一度生み出した負の循環は、そう簡単に解除することができません。

 

自ら生み出した負の循環は、どんどん、あなた自身の心と身体を”がんじがらめ”にしていきます。

 

その結果、小さい世界の中だけで循環していたものが、どんどん小さくなっていって、循環する空間がなくなってしまうので、結果的に、動くところがなくなってしまうがために、心と身体が崩壊してしまうのです。

 

あなた自身の行動や言動は、どんどん荒んでいくのです。

 

なぜなら、敏感体質になってしまっているがために、心が穏やかではないからです。

 

ちょっとしたことにも、すぐ反応してしまうし、常に緊張状態で、臨戦態勢に入っている。

 

そんな興奮状態で、生きているわけです。

あなたの行動や言動をつくり出しているのは、あなたの心である

あなた自身の、行動や言動は、あなた自身の心がつくり出しているものです。

 

だから、あなたの心の状態が、あなたの行動や言動をつくり出している、ということでもあるわけです。

 

あなた自身が、心穏やかに生きていれば、それは、あなたの行動や言動に写し出されるのです。

 

つまり、あなたの行動や言動は、雑にはならない。

 

丁寧な立ち振る舞いになるのです。丁寧な立ち振る舞いができないのであれば、それは、あなた自身の心が乱れているからなのかもしれません。

 

あなたの心の状態を写し出しているにすぎません。

 

あなた自身の心に余裕がないと、あらゆるものを受け入れる土壌がつくれないですよね?

 

だから、受け入れられないし、無理やり受け入れても、それは、循環することなく、排除するしかなくなるのです。

 

 

つまり、”今”抱えているもので手一杯だから、「ご新規さんはお断り」状態になっているのです。

 

だから、いくら色んなものを学んだり、取り入れようとしても、入らないんですよね。

 

無理矢理に入れることができません。

 

無理に入れようとすると、その反動が必ず返ってくるわけです。

 

心と身体に、何らかの反動が返ってくる。

 

それを避けることはできません。

 

 

あなた自身が「変わりたい」と願うなら、まずは受け入れる土壌、スペースをつくり出した上で、何かを学んだり、取り入れたり、ということをやっていく必要があるでしょう。

 

 

ただし、”いっぱいいっぱい”になっている心と身体に新たなスペースをつくり出す、というのは、なかなかそう簡単にできることではありません。

 

それをやるには、相当なエネルギーコストがかかってしまいます。

 

エネルギー切れを起こしてしまっている現代人には、ちょっとハードルが高い課題かもしれませんね。

 

だからと言って諦める、というわけにはいきません。

 

ある方法が難しければ、別の方法を模索したら良い。

 

何も、方法は一つではないのですから。

 

 

同じ山の”頂”を目指して登るのにも、一つのルートだけじゃなく、別のルートからでも山の”頂”に到達することができます。

 

富士山がいい例ですかね。(静岡周りと山梨周りがありますよね?)

 

優しいルートもあれば、険しいルートもある。

 

 

問題は、山の頂に到達するには、いくつのルートが存在して、それぞれのルートにはどういった特徴があるのか?

 

そこを、あなた自身が把握することでしょう。

 

それなしに、やみくもに山を登り出しても、あなた自身の難易度にあったものでなければ、引き返すことになります。

 

また、遭難するかもしれないし、怪我をするかもしれない。

 

事前に準備できることはやってしまって、難易度を下げるということが大事です。

 

シンプルな状態で臨むってことが大事です。

あなた自身の行動や、言動を丁寧に行うこと

あなたの心と身体に新たなスペースをつくり出すには、あなた自身の行動や言動を丁寧に行っていく、ということが重要になってくるのです。

 

あなたの心に余裕があるから、心穏やかだから、あらゆるものを受け入れることができる。

 

また、行動や言動が丁寧になる。

そういった側面があります。

 

見方を変えてみると、逆に、あなた自身の行動や言動を丁寧に扱っていくと、心が穏やかになる、という側面もあるわけです。

 

それは、何か特別に頑張らなきゃいけない、ってことでもないですよね?

 

あなた自身の行動や言動を意識的に丁寧にやってみる、ということを日々の生活の中で実践していくだけなんですから。

 

 

この取り組みだと、何もハードルは高くならないと思いませんか?

 

 

日常生活の中で、あなた自身が”ちょっとした” 意識 ”を持つだけで良いのですから。

 

 

問題は、いかに継続し続けることができるのか、というところです。

 

日々、丁寧に生きていくということをやり続けても、それが何か大きなものにつながるわけではないのです。

 

ひとって、何かしらの目に見える結果や成果がないと、なかなか継続することができません。

 

 

日々、丁寧に生きる、ということをやっていく中で、「こんなことをやって、一体何になるの?」そういう想いを抱き始めると、もうやらなくなってしまいます。

 

で、結局元通りというわけです。

 

 

日々の生活の中で丁寧に生きる、とは、具体的にはどういったことを言っているのでしょうか?

 

それは、先ほどにも書きましたが、行動、言動を丁寧に行う、ということでしたね。

 

 

” あれも ” ” これも ”となると、色んなことに意識が分散してしまって、大きなストレスを抱え込んでしまうかもしれません。

 

 

そこで、まずは一つ何かを決めて、そこに大きく意識を向けてみる。

 

そういう取り組み方が、オススメです。

ボクは、これが、一番気が楽になってます。

 

 

さらに、余裕が出てくれば、別のことにも、意識を向けてみる。

 

 

そうやって、負担にならないように、少しずつ、広げていくと良いと思うのです。

 

 

ボクがオススメなのは、「音を立てない」ってことです。

 

いわゆる「無音」状態です。

 

こんなひと、っていませんか?

 

家庭内でも、学校でも、職場でも色んな行動に、いちいち、音を立ててしまっているひと。

 

歩くのも足音をバタバタさせている。

ドアを閉めるのも、バタンと閉める。

 

音がなる、というのはモノを大事に扱っていない、という側面もありますが、自分自身の身体への気配りがなされていない、ということでもあります。

 

自分の所作が、” 雑 ”ということです。

 

大雑把で、細やかな配慮が出来ない。

 

 

それは、ひとそれぞれの所作を観察してみると、良く分かります。

 

無意識になされている所作には、ココロの状態が反映されます。

 

つまり、ココロの状態がカラダに反映されている、ということです。

心と身体の一体感を取り戻してみませんか?

エネルギーが、漏れ出ている=分離しているということを書きました。

 

それは、心と身体が一致していないということでもあります。

 

 

所作が” 雑 ”である、ということは、心と身体の一体感がない、ということなんです。

 

心と、身体はつながっている。

 

心の状態に余裕がないから、身体への意識が雑になってしまっている。

 

それは、心と身体が分離してしまっているから、エネルギーが漏れ出ているということでもあります。

 

 

だから、見方を変えてみると、所作を丁寧に行うことで、分離していた心と身体が一致するようになってくるのです。

 

ボクたちの” 心 ”は、絶えず何かとの一体感、つながりを求めています。

 

 

一体感やつながりを感じていられる状態、というのは” 安心感 ”を得られるのです。

 

安心感の欠如は、あらゆる問題を引き起こす原因となるのです。

 

不安や怖れの感情を引き起こし、必要以上に感情を肥大化させることで、感情に巻き込まれて支配されてしまうのです。

 

 

また、ココロとカラダの不一致は、大きなストレスになります。

 

ココロにも、カラダにも、大きなストレスになるのです。

 

だから、ココロとカラダを一致させていく。

 

つながりを持って、一体感を持って、生きていけるように意識していく。

 

それが、大事なことでしょう。

 

 

そのために、あなた自身の所作を丁寧にやっていく、ということが重要なのです。

 

丁寧に扱っていけば、ココロとカラダが一致するようになり、自分自身の中で一体感が生まれます。

 

一体感が生まれるから、安心感が生み出され、自分自身への信頼も生まれるのです。

 

それが、自信につながる。

 

そうやって、プラスの循環を生み出すことができるようになるわけです。

 

 

あなたの所作が、丁寧になれば、あなたが使う言葉も変わります。

 

あなたの中での循環が起これば、それがあなたの外側の世界にも伝播するようになるのです。

 

それは、あなたの中での循環が起これば、あなたの発する言葉のバイブレーションとなり、あなたの言葉で、外側の世界にも影響を与えていくことになるのです。

 

そうやって、あなた自身が変われば、あなたの見ている世界も変わるんです。

 

 

あなた自身が、本当に変わりたいと願うなら、何も特別なことをやる必要はないんですよ。

 

あなた自身の中で、滞っている循環を動かすこと。

 

それが、あなたのみている世界、感じている世界を変えることになるわけです。

 

そのために大事なこと、それが日々の生活の中で、” 丁寧に生きる ”ということなんだと思うんです。

職業『ブロガー』

滋賀県彦根市在住Webコンサルタント/ブロガー/マーケティング・コンサルタント/コミュニティ大学東京支部長/