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なんとなくの感覚を大切に生きるということ

ちょっくら、とある場所へ。

ふと訪れた場所で、いろいろ思い返してみると「あっ、この感覚が正しかったのか!」と腑に落ちたことがあったので、今回は、その内容をシェアしたいと思います。

「なんとなく」の感覚が実は、すごく大事だった

今回訪れたのは、福井県にある柴田神社。

柴田神社 | ホームページ
福井 柴田神社は「勝家公・お市の方」ご夫婦。「娘三人の姫」三姉妹を御祀りしておることから、夫婦・兄妹・家族の絆を御神得とする、「絆の宮」としてご参拝頂いております。

柴田勝家公・お市の方のご夫婦。そして娘三人の姫・三姉妹(茶々・初・江与の三姫)を御祀りしておることから、夫婦・兄妹・家族の絆を御神得とする「絆の宮」とされています。

マジでハンパない迫力

銅像がイカつすぎる。ボクも、イカつさは負けないけどね。

なんか、自分に近いものがあるなぁといろいろ調べてみたんです。

柴田勝家とは?信長の家臣として活躍し「鬼柴田」と恐れられた戦国武将

柴田勝家は1522年(大永2年)、尾張国愛知郡上社村(現在の愛知県名古屋市名東区)で誕生。

参考記事:wondertrip

ボクが東京に進出するまでに育ったのも、名古屋市名東区。(途中、当時海部郡、現在のあま市とかにも寄りましたけど)

信長の元で家臣になった勝家ですが、早くから信頼を置かれていたわけではありません。
信長にとって重要な戦いである「桶狭間の戦い」や「尾張統一の戦い」、「美濃・斎藤氏攻め」においては重用されていませんでした。

信長からすると家臣にはなったものの「一度は私を貶めようとした人間だから、いつ同じことが起こるかわからない」ということでまだ勝家のことを疑っていたのでしょうか。

参考記事:wondertrip

なんか、わかるような気がする。

いろいろな人と関わってきて、陥れられたり、ハメられたりした立場からすると、信頼する人を見つけても、相手側からこう思われてしまうのって、現代社会でもありませんか?

自分自身が、改心しても、最初は、信頼、信用の積み上げから始まるって。

やっぱり、似てる。

信長の重臣として大活躍すると、1570年(元亀元年)6月には浅井・朝倉との「姉川の戦い」に従軍。

こうして織田軍への貢献を続けた柴田は激しい戦闘姿勢から「鬼の権六」と恐れられるようになり、その他「鬼柴田」や「かかれ柴田」と呼ばれることも。

これらの名は勝家の実力を知らしめるにはうってつけの名前でしょうね。

参考記事:wondertrip

さらに、腑に落ちる。

ボクも、以前までは周りを氣にせずに突っ走ってた鬼だった。

そのときに、ふと思ったんです

最近で、モヤっとしたことを見直してみました。

・人生の流れの不思議。

・人と人の出会いの不思議。

なんだろう、この感覚は、不思議だけど。今まで、いろいろなことを考えても、それを無視して突っ走ってきたことで、いろいろな問題になっていたんだなぁって気づいたんです。

ボクたちは、人生を大きく左右することから、日常の小さなことまで、さまざまな選択を繰り返して生きています。

でも、自分を振り返ってみると、洋服ひとつ選ぶのにも、これでいいやと妥協してしまったり、なんだか最近選ぶことがヘタクソになってきたような……。

何かを選択するとき、なんとなく胸やおなかに違和感があったり、なんとなくいやな感じがしてきたんですね。

でも、忙しかったりすると、この体に起こる『なんとなく』の感覚をないがしろにし、これまでの経験や知識を判断基準にして、安全で理屈の通ったほうを選択してしまいがちです。

すると結局すっきり上手くいかずに、何か問題が起こってしまう。

そこで大切なのが、この『なんとなく』感じている直感的な判断力を磨くことだったんです。

振り返ってみると、ボクが、ザワついたとき、そして怒りを覚えたとき、そして悲しくなったとき、全てなにかの前提がありました。

ここ最近の大きなモヤつきで、すごいことがわかった

以前、大切な人のパーティーのお誘いをいただきました。

行きたいと思う反面、なぜかそこには、モヤモヤする自分自身がいました。

以前のボクなら、なぜだろう?って不思議に思えなかったんですね。

でも、今回は、ちょっとそのモヤモヤを追求してみたんです。

昔の日本人は、たとえば、理屈では合っているけれど、どうもおかしいというときに身体で起こる感覚を『腹の虫がおさまらない』と表現して、コミュニケーションにおいてもその感覚を共有し、大切にしていたというお話もあります。

今回は、その感覚を選択して、直感を磨き、働かせるためにまず大切なのは、「とりあえず、モヤモヤな自分にウソをつかず、自分自身の時間を確保する」ことを選びました。

頭の中が考え事でいっぱいで、身体が、ガチガチになっているときは、体の感覚に気づくことができない

そして、その途中で「何かを感じたら、パッと動く」ことにしました。

直感に気づいていても、動かなければ、直感を働かせるということにはならない。

そのためには、行動しよう。

さらに言えば「主体性を持って動く」ことですかね。

常に、自分が【主人公】だという感覚を持っていれば、たとえば、窓が開いていて寒いとき、誰か閉めてくれないかな、とは思わずに、自分で動いて閉めます。

そうやって主体性を持って動いていくと、感じたらパッと動くという直感的な行動力がどんどん鍛えられるような気がしたんです。

そして、もうひとつとても大切だったんだなって思ったのは、直感を働かせて何かを選んだとき、その結果をきちんと引き受けるということでした。

何かを選択するとき、どっちを選んでもリスクがないのであれば、直感を働かせる必要はない。でも、自分がリスクを背負うという気持ちがあれば、選択するときに本気になれる。

今回は、この神社の参拝で、自分自身の本気さが、直感の鋭さを引き出してくれていたんだって、改めて感じました。

結果はどうなったのか?って話

そう、最後に結果を書きますね。

ボクが、その人のパーティーに行っていたら、すごい気分が悪いことになっていました。

なぜか?

以前に、ちょっとトラブルになった人たちが参加していたから。

うん、自分の人生は、自分のもの。

他人がどうこう言うものじゃないって話につながるんだけどね。

【参考記事】

無報酬の仕事を依頼することについて、深く考えてみた

http://koichan888.net/post-4553/

多分、また再会しても、絶対に笑顔にはなれないし、自分自身も心が嬉しくない。

ワクワクしない、そんな空間にいるのは、イヤだって感じたんですね。

しかも、お金を払ってまで、そんな場所にいることが幸せだとは思えない。

人生も、マーケティングも、どんなことでも似ているのかなって改めて感じたことでした。

自分の人生は、自分でしか作り出せない!

人生は一度きり。とことん楽しまないと・・・。

職業『ブロガー』

滋賀県彦根市在住Webコンサルタント/ブロガー/マーケティング・コンサルタント/コミュニティ大学東京支部長/