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不惑なはずの40歳が誕生日から人生をやり直すことを決意したんだな

どうも、コイヌマ(@koichan888 )です♪ 

先日7月1日は、ボク自身の誕生日でした。

まな板の鯉・・・。

こんな40歳になっているはずじゃなかった

「四十にして惑わず」

・・・という言葉がある。 「論語」の有名な一節。

 

「あれこれ迷うことがなくなった」という意味。

これは「狭い枠にとらわれることなく、自由に物事を見ることが出来るようになった」というような意味で、単純に「自分の道に疑いなく進む覚悟が出来た」という意味合いとは少し異なる。

「何が起きても動じることなく、それを受け入れる自由さを持ちなさい」という意味。

引用(「論語・為政第二」より)

 

「不惑」(ふわく)の読み方すら怪しかった自分につくづく情けなくなるけど、40歳までに何とかしなければ・・という、ここ最近の焦りは、自分でも危険を感じるほど異常でした。

 

「何とかしたい」というのは、自分の「新しい可能性」を追い求めるビジネスが、世の中の人に広く知られ、成長させ継続させることです。

 

しっかりと、世界に広がっていくこと。

 

そして、それに伴う、経済的なリターンも得たいという、個人的な欲望、理想と現実の乖離による焦り、、、

子供の頃のイメージでは、40歳といえば仕事も人間関係も家庭も順調で、それは、もう、カッコいい大人になっているはずでした。

 

まさか、こんなにも、毎日胃がキリキリと痛む生活を送っているなんて、想像すらしていなかったですよね。

27歳から人としての成長がまるっきり止まっていた・・・ということに気づいた

特に、ここ2年間は、全てのことに焦り、苛立ち、いけないこととは判りつつも、周りが全員、争うべき敵のように見えてしまっていました。

 

何でもすぐに人と比較してしまい、その度に自分を責めてました。

 

たとえ、友人でも、勝つか、負けるか、儲かるのか、儲からないのかの判断しかできなかったわけですよ。

 

何をしていても、心から楽しめず、特に、使命感を持って、取り組んでいたはずのビジネスすら、楽しめていなかったんですよね。

「このままではいけない!自分が変わらないと!」と、何度も何度も思ったけど、日々の雑務をこなし、その日、その日の売上が、気なって気になってそれどころじゃなかったわけです

 

そして、あれだけ目指していたビジネスが起動に乗り、伸びた時でさえ、安心を手にするのかと思いきやなぜかこの不安が膨らむばかりでした。

 

本当に手にしたいもの、実現したい未来は実は違うところにあるのではないか・・・そう気づき始めた時、事件が起きてしまった。

自分の発言が原因で、大切な人たちをキズつけること、不快な思いをさせてしまったわけです。

 

自分のためを思って、様々なアドバイスを送ってくれる方たちの言葉全てが、自慢話に聞こえ、自分を卑下しているように聞こえた時期もありました。

 

本当は、そんなことは1mmも無いのに、彼らに対して反発し、信頼関係を壊してしまう発言をしてしまったわけです。

誰もが抱える仕事以外のトラブル

実は、数ヶ月前、ビジネスとは全く別のところで大きなトラブルがあり、その解決に向けて、翻弄され心身共に疲弊しきっていました。

 

誰にも言えない、未だに終結しない、その問題に向き合うたびに「何でオレだけこんな目に」という思いが強くなっていました。

 

幸せ・・・ってなんだ?って、わからなくなったんですね。

だけど、本当は、みんな誰だって、大なり、小なり、そういう問題を抱えています。

 

みんな大人だから他人に言わないだけで、大人だから、その影響を仕事に持ち込まないだけで、仕事以外のところでも苦しんでいることはあるわけです。

 

みんな大人だから、それも、踏まえて前向きに生きているのです。

 

40歳にもなろう大人の自分が、そんな当たり前のことを忘れていたことで、大切な人たちを傷つけてしまったわけです。

 

考えたくはないが、おそらく今までだって知らず知らずのうちに、大切な信頼関係を壊していたことが多々あったのだと思うんです。

 

個人的な焦りとか、不安とかが、頭を占領してしまい、本当に大切な人間関係や、ご縁を蔑ろにしてしまっていたこともあったと、思いますね。

 

今回の誕生日を、過去を振り返り深く反省する機会と捉えることにしました。

 

ただただ、のほほんと、歳を重ねて40歳にはなったけれど、中身は全く成長していないことを知れました。

 

一度失ってしまった信頼関係を再構築するのは難しいわけです。

 

自分が本当に変わり、時間をかけて少しずつ修復していくしかないわけです。

 

変わっていく姿を見せるしかない。

 

そのために、今日の40歳の誕生日から、本気で自分自身を変える決意をしました。

 

これは、ボクにとっては、ラストチャンスです。

その焦りは、自分でなんとかできる

一体、自分は何に焦っていたのか?

 

何に苦しんでいたのか?

 

・イメージしていた理想の40歳とかけ離れてるから?

・持ち家を持てないから?

・年収◯◯◯万円に到達してないから?

・思うようにビジネスが拡大していかないから?

・ビジネスが広まらないから?

本当はそんな小さいことではなくて、そんな小さいことをいちいち気にしてしまう自分のビジョンがぼんやりと弱かっただけなんですよね。

 

しっかり、設定しきれてなかった。

 

起業、当初に持っていた大きな希望とか、大きくて素晴らしい未来を創りたいという思いとか、今は、そこに乖離があっても、何とか近づくために日々楽しく夢を語れていた自分を失ってしまっていることに焦っていたんです。

 

道半ばでも、ここまでふんどしが広がっているのは、たくさんの人たちの応援の上に成り立っていることを忘れてしまっていたんです。

 

人とのご縁や、信頼関係よりも、とにかく数字で圧倒的な結果を出して証明することを優先してしまっていたんです。

 

自分は、一体何と戦っていたのだろう。

 

自分の中にしかない焦りだ。これだと誰も幸せになんてなれない。

 

そもそも自分の考える「幸せの定義」自体が間違っている。そしてこれは40歳になろうとする多くの人に当てはまることなんじゃないだろうか。

実は今、自分は幸せなんじゃないか説

東京から滋賀に移住して、今2年目に入る。

 

家賃(固定費)を下げたい、自然の多い場所で過ごしたい。

 

ネガティブも、ポジティブもある移住理由だったけど、今はこの決断が大正解だったと胸を張って言えるのかな。

 

仕事の調整を自分である程度決められるからこそという部分はあるが、日々のささやかなことが楽しくて、この瞬間は、ふと、本当は、今が一番幸せなんじゃないかと感じることがあります。

 

達成したい目標があって、それに向けて家族が応援してくれる。

 

贅沢はできなくてもじんわりと温かい暮らしがここにはあって、これ以上、個人的な欲を望む必要なんて無いはずじゃない?

 

そして、この小さな幸せの日常は誰にだって実は目の前にあるものなんじゃないか?

 

結局は自分の捉え方次第なんじゃない・・・って。

誰かの為に自分に何が出来るのか

自分の中にある焦りと孤独に戦っているのは、本来持っていたはずの「誰かの為に」という精神が時間の経過と共に薄らいでいるからだと反省しました。

 

家族だけじゃない周りのたくさんの仲間も応援してくれているのに、そのありがたい応援に対して一体自分は何かお返しできただろうか。。。。

 

周りにいてくれる人たちを自分から積極的にハッピーにしていけたら、それが一番幸せなはずだ。その方が結果的に、幸せに仕事の成果も連動していく

 

こんな当たり前のことを、目の前の「重要でもなく緊急でもない雑務」を一人で抱え込んだせいで見失っていました。

 

あぁぁぁ、本当に情けないことなんだけど、だけどこのことに今気づいけたことはとてもラッキーなことだと思います。

40歳にして人生を変えたい男のこれから

人生を変えていこう。

 

小さな日常に感謝できる幸せな大人になりたい。

 

39歳までの未熟さを理解した上で、これからは、今まで以上に関わってくれる人に対して誠実にあること。自分の能力を積極的に社会に還元すること。

 

自分ではなく、他人のためにお金も能力も使うこと。

 

人間はすぐには変われないし変わることは難しい。それでも、まだ40歳。

 

諦めるにはまだ早いし、同世代や自分より下の人たちが、迷える40歳になった時のロールモデルになれるよう、恥ずかしくも、これからのことをこのブログにどんどん綴っていこうと思います。

 

40歳にもなって、まだそんなことで止まってしまっているの?という不安を抱える同世代の人たちに、自分の事例を持って「オレ(私)だって変われるかも!」を証明するのです。

 

そして、少しでも誰かをポジティブに変えてみたい。

 

関わってくれる人たちを、最高にハッピーにしていける、そんなステキな大人な40代になってみせます!

職業『ブロガー』

滋賀県彦根市在住Webコンサルタント/ブロガー/マーケティング・コンサルタント/コミュニティ大学東京支部長/